驕慢な者は、笑ってしまうおかしいことを正しいと信じ込ませる。

悪意の第三者が、他人の家の子供の進路や就職先を決めて強制する。

冷静に理性で、もしくは騙されていないクリアな思考で、ごく当たり前に普通に一般的に思うだけで、狂っているとわかる。

わけがわからない考え。ターゲット・ブランクになる(次の思考の先が空っぽ)、頭が空っぽになる、終始無言で「世界が駄目になってしまう。何次元にいるのか壊れてしまうようだ、壊れてはいけない」というのも正常な感覚だ。

私の周りには、狂人のように無慈悲で反対の想念になっているような、邪な者たちが、近所と同級生に約3割ほどいる。

邪な者たちは、心無い点取り屋だから、お天道様の前を歩けている。

びっくりの事実

何があっても無責任

第三者が他人の家の事を決める」なんて、正常な感覚であれば、「はぁ?」「関係ないでしょう。」何億光年譲って考えても「何から何まで全部、面倒見てくれるの?」「どうなっても責任とってくれるの?」
邪な者たちの答えは知らないふりをするだろう。

かっこつけているだけに、笑ってしまうところだ。

冷静に理性で考えると、第三者が他人の家の事を決める、というのは、決められる側は、奴隷だ。

そして、なぜ言うことを聞かなければならないのか?という問いが出てくる。補償と保障は?

奴隷にならなければならない明確な理由が全くない。

「知らないの?こうでなければならない」「こうすると良い」「世の中、全部なっている」という答えをする手合い(ダイバ)は、「そのうちわかる。なんでも言うことを聞いてもらう」と言う。

補償と保障は?

奴隷制度はアメリカでも廃止されている。

ダイバの手法

「自分しかできない」お鼻が高く、驕慢(きょうまん)になり、高くなり、唯一の自分になって、少しづつ「唯一な優れた自分になる」範囲を少しづつ広げていくなど、人間がダメになる方法を教えてくれる。

  1. こんなことできるやついない。
  2. こんなことできるのは自分だけ。
  3. こんなことできるのは自分達だけだ。
  4. バックつけると好き放題できるぞ。いざという時、頼ればいい。

ダイバ達は、本当にして見せるから注意が必要だ。

ダイバの団体に入会させられる以前は、慈善活動募金などするつもりで、慈善活動、募金などしたい希望があったが、入会したせいでできなくなったという人達。

ダイバ達は、会として行なっているから、と言うがボランティアの集まった力と募金の金額は、もともと一人一人がするつもりだったボランティアの労力と募金の金額を合わせたものと、ダイバの会として行なっているものを比較すると、ダイバの会として行なっている金額の方がずっとずっと少ないはずだ。力はマイナスになっている。

絶対に慈善活動に使えるお金は少なくなっている。
しかも、何よりも最も大事なことだが、善良な人が善良ではなくなってしまうだけではなくて、善の反対の人になってしまう、という計り知れない悲しさがある。

力はマイナスになっている。

慈善活動、募金の動機も不純なものになってしまう

ダイバ達とダイバモドキのような者たちは「ボランティアしている私って良いでしょう。」と見せているだけ。

多額な募金、寄付金と人間の力、純粋さ、慈愛、思いやり、大我の愛がなくなって、少ない労力と金額になって、動機が良いことをしているように周りに見せかけて、相手の心がなくなってしまうほど、ひどい攻撃をする装いの善意と攻撃ばかりする邪な心になってしまうのだ。

ダイバモドキやダイバは、ただ単に考えが違う人なのではない。自分の反対の思いを他人に強制するか、ただ単に支配したがる。

支配のために強制されたり、支配するために嫌がらせをされると本当に大変なのだ。

悪を善としている人達は、自分たちは警察に捕まらないように、訴えられないようにしながら、善を善としている人達を敵対視して「言うことを聞け」と支配しようとしている。

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