友人、知人、近所の人に相談する前に

言葉より
こういうことをしなさいと
反面教師
教えてる

目には見えない思いを使って、ターゲットとなる人を弱らせ、攻撃的な気持ちとフラストレーションをためさせて、結果、戦を煽っている手合いについての和歌

思おうとしても思えない。
思いたくない、そう思ってしまう。さらに、その【思いたくない思い】がエスカレートする場合がある。

つまり、これは無意識に入った「他人の思い」である場合がとても多いのです。

情けなく、悲惨なことを思いたくないのに、そう思う。

この「他人の思い」ですが、多くの場合、そうとは気づかないことが多いのですが、相手は故意なのです。

そういうことをする手合いは、「思い」を相手につけて、悩ませ、弱らせ、その人の思考や行動を操ろうとしているのです。手合いは一人ではありません。普段着で、実は群れています。

相手は姿形のない霊ではありません。この場合、生霊と呼ぶことができます。
言い換えるならば、その人が念じた想念、思い、生き霊、思い御霊など。目には見えない思いの力です。

そのように思いたくもないし、思えない、何故?と苦しんでいる間を過ぎてから、そのようなことを思おうとしても「思えない」ところから、自分ではない、自分ではなかったと完全にわかるのです。
それに、そのように思う理由がないはずです。

その対象に対して、そのような「思い」印象は、自分ではあり得ない。そうではないはずなのに、そのような想念が入ってくる。
あえて、わざと悲惨に思おうとしても思えないものです。そのような想念をあえて「思い起こそう」としても、そんなわけがない、ありえない、考えられないという、正常な自分でいる時間があるものです。

手合いは、意図的に心身を半ば喪失させて、わがままに自分勝手に操ろうとする、支配しようとすします。心に傷を負わせる想念と言動があります。

このような手合いの行いに対して、損害賠償と慰謝料を請求したい気持ちでいる私です。

聞いたことありませんか?影で「(何でも教えたがる)先生だから」とあだ名で呼ばれて、呆れられている人。

これまで生きてきて、受けてきた自分への愛や自分の感情、感動、経験があってのいまの自分の感情、思い、考え方、価値観があるはずです。それをいきなりすべてゼロにして、その時々わがままに作った手合いの思い(想念)を入れようとするのです。

その手合いは、漂白剤を使うことを得意としています。漂白剤を使うようにして、相手が受けてきた自分への愛や自分の感情、感動、経験のうえにある想念を洗い流すようにして、手合いの作った想念で染めるのでしょう。手合いは、そのように教育されているのではないでしょうか。

さらに、手合いは、イメージトレーニングと称して、取り組んでいるスポーツ選手などをよく見ています。しかし、これは明らかに他人を自分だと念じて「自分の想念を相手にうつす」ためのトレーニングでしょう。

その手合いは、自分たちのところに相談に来させたいのです。相談に乗りたいのです。定期購読の雑誌、新聞など取らせて、「思い」を支配しながら部下のように扱いたいのです。
事態は深刻です。手合いの言うことを聞かないだけではなくて、手合いの作った思いを自分に入れないように努力して、自分で考えて行動することが求められています。
心霊相談、除霊、浄霊、お祓い、精神・心・スピリチュアルな悩みの相談を友人・知人にする前に。その友人・知人は、そのような手合いではないですか?

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