聖書の内容一覧

天は自ら助くる者を助く。まずは自助努力が必要。不善を善としない。

悪事を見て見ぬふりをするのは認めていることと同じ、という教えが釈迦の教えにはある。自分が悪いことをされて黙っているのは、悪が自分以外にも繰り返される可能性が大きくなる。悪事をなかったことにして、繰り返されることをそのまま見ているようなものだ。

第三者が決める悲惨な道から抜け出すために

平和の名のもと目当ては物。聖なる教えとは反対の教えを世間の動向に合わせて広めている手合い。学校や仕事を辞めさせに飛んでくる悪人は、唯物的によく見えるように、善いことは「義務的にしなければならないこと」として、勤労奉仕、社会活動をしている。

自分達は厳しいことを守っているのだ。人気を得るための勤めと戦の元

提婆達多(ダイバダッタ)という仏陀の弟子は、人気取りのために厳しい戒を作り、王子をそそのかして王を亡き者に。5・15事件のもとは全国の若者の憤りが出たというのは表向きのことで、水面下では、ある団体の一派が思いをうつす手法と共に煽っていた。

「清い」の見た目を真似、内容は反対、動機も反対の悪を注視しよう。

「悪魔の子は政界に」の名作映画「オーメン」のリメイク「オーメン666」。夢について。清い者を汚し弱らせ、強い者の機嫌をとり弱らせ共に並び操ろうとする。自分たちの作った嘘の聖はよしとして、真の聖なる事象を拒絶する。思想で他人の脳を操る悪魔。

真善美が危ない

人それぞれの思いを反対にして苦しませて喜ぶことは、完全な悪であるということを知ってほしい。映画「オーメン/最後の闘争」のダミアンと同じことをしている。いつの間にか「あなたのふりをしている手合いの思い」に気づくために、自分を見失わないために。

人を互いに相争わせ滅亡の方向に進ませるのが、悪魔の言う「神聖」。

イエスは地球の浄化作戦のために生まれてきた。そのイエスに反する者たちを表現している。新約聖書の黙示録などが題材になっている。エクソシスト、考古学者が登場する。悪魔は気が付かれないように人の生活に溶け込んで、仲間と共に、目的を遂げようとする。