最も大事なことは心的態度

宗教政党が与党として、その政党の指導者が大統領として首相として、法王として在るような国がイランです。

イランは法学者の統治と言う国の仕組みになっており、その法学者の最高位が国の指導者なのです。イスラム教の一派の指導者が国の体制を作っています。
有名なのが、表では女性は顔を隠すこと、そしてアルコール禁止という法律です。法学者の定めた法を守るように宗教警察という組織が、私服でいたるところで監視しています。
イランは、世界有数の石油産出国ではありますが、男性は4人に1人、女性は40%職がありません。宗教関係の建物、礼拝をする施設はやたら豪華にしていますが、国の機関で働くいわゆる公務員のような人達や、それに近いような人たちは礼拝に行きますが、一般の人は国に不満を持っているので、ほとんどそのような施設には行かないということです。
イランは、中国に次いで死刑執行数が多いと言う一面もあります。ある年には、子供も含めて1000人の死刑が執行されました。
逮捕されると鞭打ちの刑が普通にあります。

日本にも死刑制度はあります。とても残酷な法制度です。世界全体を見てみると、死刑制度がない国、事実上廃止されている国が多いです。

そして、日本にはイランの宗教警察のようなことをその場の思いつきで、あれはしていい、これはダメだ、ここはこうだ、こう決まっている等と教えたがり、教えたことを守らせるように監視しているような集団がいます。

本当に気を付けなければいけません。一切、言うことを聞いてはいけません。

これまでの記事にも書いていますが、法学者で宗教警察のようなことをしている手合いとそうではない人たちを見分けるために、特徴をあげておきます。

同じ言葉を意味なく繰り返すことがあります。

釈迦の教えにならってのことなのでしょうか、自分たちが行っていることが周囲に知られそうになった時は特に、同じ言葉を繰り返して、その場を逃れるようでもあります。
自分が属している学校の名前の略称、家業、親の職業、在住の地域の方言などの言葉をやたら繰り返す時があります。
自分が属しているカテゴリー名を虎に例えると、その威を借るキツネといったところです。そのような場合になると、寄らば大樹の陰というところなのでしょう。(カテゴリー名を大樹として)

あなたできないでしょ、私はできる。

正常な感覚では多くの人達が、できない、しないことを手合いは「できないでしょ」と言い、手合い自らは「できる」と言って、してみせる。

正常な感覚では思いつかない非常識か笑ってしまうような極端な言動、ある程度覚悟がいる行為、発想できない悲惨な想念、それらのことを「できないでしょ」と言った後、行なって見せる。

次回に続く

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