壁を作る指導者

共同体が専制に傾くとき、相手の心を敬うことが欠けている人種差別をする一団が台頭する。

なんでも正義にしてしまう物質的価値観に基づく想像力。

それらしい理由を作れば、つければ、何でも正義だということができます。

9万人のユダヤ人を殺害した被告は「私より賢いヒトラーが、ユダヤ人が攻めてくる、と言った。だから自衛のためにやった」と言っていました。
ヒトラーは、賢かったのでしょうか?物と権力を得て国民を操作して、国を動かしたという点については、賢いということができるでしょう。

ユーモアとセンスで自分を売り出し、聴衆を魅了することに長けていて、ベジタリアンでもありました。国の頂点に立ちましたが、ヒトラーの行ったことと、その心は言わずもがなでしょう。

「平和」の文字を掲げながら世界の平和に反対するような角度に変えていく指導者

平和だと?
トルストイ作「戦争と平和」に反対!

が真意でしょう。

日本の80年代頃までの家族のような会社と違って、今多くの会社の傾向は個人主義の合理化の利益優先、成果のための争い、個人で何でもやるという人の集まりなってしまいました。そこに入って同じことをしたくはないでしょう。魅力はないでしょう。
人と人との関係で、自らの成果のために何をされるか分からない。会社と会社もそのような感じになっていては、心無く動くだけになってしまいます。

考えてみれば、少し前までは、自分のためだけに会社の中で仕事するなんていうことは、ありえないですし、滑稽なものでした。これが当然となると、殺伐としてきます。

時代劇で、勘定方の役を演じる役者さんは、感情的になりやすい傾向があるようです。
言霊のことは、ひとまず置いておきまして、お金の計算などの仕事が大部分の方は、見た目や頭の使い方からすると、まったくそんな傾向はないようですが、実は感情的になりやすいのではないでしょうか。

ロウソクの炎でいえば、外側のオレンジ色の炎の温度より、内側の青い炎の温度の方が高いように。

すると、経済至上主義の物質主義的なものの考え方、価値観では、争いが起きやすいと、このようなところからでも予測することができます。

子守歌

寝ん寝んころりや~寝んねしな~♪の子守歌の途中で「ばあちゃん入ってくるぞ!」「かあちゃん入ってくるぞ!」と、ばあちゃん、かあちゃんなど誰か入ってくる、気をつけろ、という宮城県のある町に伝わる子守歌の替え歌を紹介します。

家族でデパートなどに行く時は、お子さんなら誰でも喜ぶと思います。しかし、デパートに入った直後や店内で、突然人が変わったように、攻撃的な言動を発したり、やたらと比べて弱ったり、怒ったり卑屈になったり、と近所の誰かが作った「思い(人格))」が入ってくるから気を付けなさい、という冗談のような、実は現実をよく捉えている子守歌です。

人の人格・心をなきものにして、操って思い上がる、正常な愛念を反対にしてニンマリなんて、悪を徳とするなんて、子供でもわかることですよね。

さて、ある一団が思いをうつしている証拠の一つに、隣や向かいの家と、ほぼ同じ形の家・建物を建てる(しかも、同じ時期に建てる)などして、鏡のように左右対称にしている場合があります。
ここまで、こんなおかしいことをしているなんてことが分かると、その会員の心は周囲が見えずに、どれほどタガが外れているか分かると思います。