固い性格の同級生が、明るく柔軟そうに仲良くしようとやって来ていた

同類という意識のあるサイコパス仲間同士には、同級生を見かけたら職場の部下扱いしろ、と言う決まり事があるらしい。

映画「哀しい気分でジョーク」のベン村木1)洋と顔を合わせるたびに気の置けない友人のように陽気にギャグをみせたり、腰を低くしていたり、機嫌を取ってくれるが、洋が深刻な状態になるような悪口を広めている。のような同級生の名前をベン村木とする。ベン村木は、意識してかしないでか、サイコパスと言うタイトルのカセットテープを貸してくれたり、変態が活躍するギャグマンガをすすめてくれたことがあった。

さて、私はベン村木と気が合うと思っていたが、ベン村木のことをちゃんと見ている担任の先生からすれば、私とベン村木とは水と油。ベン村木は、ポーカーフェイスだそうだ。

仲良くして大丈夫?

仲良くして大丈夫?

小学生の頃から騙していたというわけだ。

ベン村木のことを、鋭いナイフのような滅多にいないやつなのではないかと思い始めたのは、一緒にサーフィンに行ったときのこと。私にとっては数年ぶりとも言える海。

後になって思い出したが、台風などで他の浜がクローズになるときに、なんとかサーフィンができる波が立つという浜で、気をつけていないと沖に流される危険なポイントがあるところだった。

サーフィン

サーフィンに来る何日か前。

同級生の結婚式で、山の捜索は莫大な費用がかかるけれども、海の捜索は無料だからいいだろう、とベン村木は何度も言っていた。海で流されて救助されてニュースや新聞にのったら、恥ずかしくて生きていけないだろうとも言っていた。

危険なポイントで、私を沖に流そうと誘導したことや、同級生の結婚式で私を胴上げして、一番高いところで全員に手を離させて、私を下に落として頭蓋骨を骨折させて、誰がしたのか分からないから大丈夫、ということをしようとした。

当時、私は冗談としか思っていなかったが、ベン村木の本気に気づいていた多くの大人たちが幸いにも止めてくれていた。

「ベン村木は固い(考えが固いヤツだ)」と何度も真剣に教えてくれた親切で思いやりのある同級生もいた。「ベン村木は固い」という言葉を思い出すたびに、私に接していたときのベン村木の言動は全て性格とは正反対のもの、なぜ?装うのか、固いヤツなのか、どうして反対の言動をしていたのか、と警戒せざるをえない。

サーフィンに行って休憩しているときのこと

世の中の人は、すべてご褒美のために生きているんだ。ご褒美のために生きているんだ。でもないんだ。全部ぬか喜びなんだ。どうせ、ぬか喜びなんだ。楽しみにさせといてないんだ。
でも、もう大人なんだから大丈夫だ。ご褒美なくても大丈夫だ。どうせ、ぬか喜びなんだ。
みんなぬか喜びしてるんだ。

とベン村木が冬彦のように言う事があった。

今となってみては、理由はベン村木自身にあると思うのだが、ベン村木が子供の頃、ベン村木の近所の皆で、ベン村木の誕生会など子供たちを招いてパーティーのようなものをすると言って、楽しみにさせといて、皆で行かない、といういじめをよくされていたと聞いたことがあった。

単なるいじめというより、ベン村木のような性格の子供に対する懲らしめだったのでないかと推測できる。子供の頃のベン村木は、勉強も良くできていたスポーツ大将だった。

一番嫌なタイプは?

私は、学生の頃か20代半ばの頃、結婚式の会場でベン村木に「何でそこまでしっかりしているのか、というほどしっかりして見せたいタイプの男が一番嫌なタイプだ」と冗談半分で言っていたが、ベン村木は、「お前の嫌なタイプは俺だ」と普通に真面目に言った。

よく笑わせてくれて、柔らかい考え方で寛容で明るいヤツと思っていたが、私を騙していたわけだ。

ベン村木と共に出席した同級生の結婚式で、ベン村木はガソリンスタンド勤務なのに免許停止処分にされていることが分かった。免停処分のことで随分からかわれていた。職場への通勤の際の車の使用は許されていたようだが。

結婚式から何日かして、ベン村木は、当時店をしていた私の店に客としてくる際、あきらかにお酒を飲んでから車を運転して来たようだった。

ベン村木が帰った後で、わざとかと思った。

免停でからかわれたもので、飲酒運転してきてやったというわけか、と疑ったものだ。

ガソリンスタンド勤務が免停でからかわれた。だから飲酒運転までしてやる。

ベン村木は、あきれて関わりたくないと心底思わせる嫌な性格の奴なのではないかと思ったものだ。

ひどいいじめをするアイサツ

小学生の頃にあった曲谷へのいじめでは、ベン村木は「いじめをしてはいけない、やめなければいけない。」と大きな声で周りに言いながら、最も積極的にいじめをしていた。

ベン村木は「俺は、いじめをやめるように、と何度も言うけどウソだから」と愉快そうに笑いながら周囲に宣伝してから、いじめをやめるように言うのだ。

曲谷や教師たちにはわからないように、いじめを止めるように言っている人のように見せて、曲谷の見えないところで一番ひどい攻撃、曲谷が泣き叫び、もだえ苦しむような本気の一撃を加えたりしていた。当時の小学生の曲谷へのイジメは袋叩き(リンチ)なので酷いものではあったが、陰湿なものはなくて、ケガをさせることはなかった。

中学の頃のいじめでは、ベン村木は、学校での陰湿でひどいいじめのみならず、いじめられている人の家にまで電話をかけて、いじめていた。そして、いじめられる人が変わっても常にいじめの中心的人物であった。

ベン村木は悪代官2)悪いことを企み、悪の計画を人に話すとき、時代劇の悪代官の顔をして笑って見せるダイバのような同級生の友人のふりをして、悪代官と遊びに出かけたり、悪代官の家に行って遊んだりしてから、悪代官を嫌うように言いふらして、悪代官をいじめようとするということも行っていた。

ベン村木のサイコパシーさに気づいていなかった頃、ベン村木からサーフィンに誘われて行ったとき、私はベン村木の職場の部下扱いどころか、ベン村木は、職場で試験的に働かせてみたような言動をしていた。

何混同しているんだ?

大体、お前の働いている店に応募していないし、面接を受けていない。就業も希望していない。第一、俺は数年ぶりに海にサーフィンをしに来ているのだ。ガソリンスタンドで働いているわけではない。

と思っていた。ベン村木の言動は冗談か誰かに強制されたか?としか思えなかったが、調べたところ、本気だった。

参考:哀しい気分でジョーク

脚注   [ + ]

1. 洋と顔を合わせるたびに気の置けない友人のように陽気にギャグをみせたり、腰を低くしていたり、機嫌を取ってくれるが、洋が深刻な状態になるような悪口を広めている。
2. 悪いことを企み、悪の計画を人に話すとき、時代劇の悪代官の顔をして笑って見せるダイバのような同級生

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