そう思う、そのようになる

ハスの花

あれだけの人数があんな格好して集まったら間違いなく、その格好のような「思い」を引き寄せると思いました。子供の「お菓子くれなきゃ暴れるぞ」これを容認しては暴力団の行為を認めるのと一緒です。

私の友人の結婚式についてのことです。その友人Aのある同級生Bは、その結婚式に出席したくて、その友人Aのお店の近所に住んでいることをいいことに、Aに「結婚式に呼んでくれなきゃ、店をいたずらするぞ」という意味のことをわからせて、出席したそうです。

さて、ハロウィンをフェスティバルとしてのお祭りや行事にしてしまう。ハロウィンの時期になると、最近ではお店のカウンターなどでも、この時期の行事のように色々な場所でハロウィンの飾り付けがあります。
とりあえず、この時期にはハロウィンの飾り付けをしなくてはならないように、半ばなっているようです。

ハロウィンの元は、生贄を捧げる悪魔崇拝だそうです。あの仮装が悪魔の仮装です。
ハロウィンの起源が悪魔崇拝というのは、見た目と内容からしても誰もが頷くことでしょう。

ハロウィンの仮装行列は、日本で言うところの鬼や幽霊の格好をして練り歩くようなものです。
節分の鬼役が集団で練り歩いているのと一緒です。

考えてみるとわかるものですが、あのような格好でメイクなどをして、帰ってくる霊を敬うも何もないものです。やはり唯物主義(物質中心主義)で経済効果があるからフェスティバルとして、行事として定着しつつありますが、元が良くないのとあのメイクと格好は、悪い影響しか与えないのではないでしょうか。

七五三

祭りをしたいのだったら天使と神様の格好をして、世界に古くからある古今東西のきれいな聖なる衣装で歩けばいいのです。

おどろおどろしい格好や怖い格好をして、見せたい、見たいだけというのは異常です。しかし、何も考えないからこそでしょうが、楽しいと錯覚してしまうことが想像できます。

収穫祭をするんだったら、少なくともその会場か近くに祭りの規模にあったような畑を作るべきでしょう。収穫するまでの作業や苦労も経験するべきです。

それに宮沢賢治のようにクラシックの音楽会のような収穫祭が良いでしょう。

この間、私は映画館まで映画を見に行ってきました。入れ替わりに劇場に入った人たちや待っていた人たちの目つきが皆憑かれたように同じでした。次の上映は何かと思って調べてみるとゾンビ映画でした。
話題だからおしゃれそうだからといって参加するのではなくて、見る映画は選ばないといけないと思いました。

ハロウィンについては経済効果があるので、それに代わるお祭りを考えていましたが、ふと思ったことに、クリスマスはハロウィンの反対のようだ、そして、ハロウィンは節分の反対のようで、まさに悪魔崇拝のようだと思いました。

帰ってくる霊を敬うためのハロウィンというハロウィンの起源は、こじつけて随分大まかな意味で言っているのだと思います。正確には帰ってくる悪霊(悪魔、魔女など)や未浄化霊を敬うためのハロウィンでしょう。

あの仮想に特殊メイクをして、悪魔や魔女や怪物や無念の死を遂げた者や怪我をしている人などになりきってしまったり、周りがそのような目で見れば、俳優や役者、演劇関係の方やその経験者の方などは分かると思いますが、役につかれることは珍しいことではありません。

悪魔にとって人間や家畜の無念の死や苦しみの思いは、甘いお菓子のようなものでしょう。悪魔を人気者にして、景気が良くなれば、尚更、悪魔は喜ぶに違いありません。

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