「八正道」を守ろう。無明、顛倒を広めるのをやめよう。vol.2

「八正道」を守ろう。無明、顛倒を広めるのをやめよう。vol.1の続き

前回の記事で「顛倒(てんどう)な人たち」と呼んでいた人たちをアラエルと呼ぶことにする。
アラエルの名前は、新世紀エヴァンゲリオンの第22話に登場する使徒アラエルからいただいた。光と聖なる教えを感じさせる使徒の攻撃。

光を浴びせながら人の心に入り込んで、極端に嫌なことを思わせて(思い出させたり、思考させて)、心を破壊しようとする。

アラエルはマーラ(悪魔)と二人三脚で、多くの善良な人達に精神干渉して、心を汚染している。

夕焼けの海岸

正思惟は「正しい考え方」

正思惟(しょうしゆい)は、「正しい考え方」という意味だが、アラエルの考え方は正しくない。成果主義、物質主義(唯物主義)、自作自演、差別主義、極まらないようにしながらの傲慢な考え方だ。

実際にあったこと

アラエルたちの1人は、「思うのは自由だ!」と強く主張していたが、当記事にあるように、思う動機が、お化け、生き霊、憑依と呼ばれるものでターゲットを思い通りに操る、エヴァンゲリオンにおける使徒の精神干渉によって相手の心を汚染させるため、というようにはっきりとした悪意の目的がある。

八正道には、必ず「正しい」という言葉が付いている。何でも思っていいわけがない。

「思うのは自由だ」という言葉が肯定されるのは、汚染目的でなく、精神干渉、コントロール目的でなく、自殺させようとしない、相手に嫌な思いをさせようとすることがない等、悪気がないものに限られる。

正業は「正しい行い」

正業(しょうごう)は「正しい行い」という意味だが、アラエルたちは、傲慢で正しくない思いを正しいとして、人の心を傷つけて得意になりながら、ターゲットに勉強はさせない、自分は勉強して成績をあげる。ターゲットに仕事をさせない、自分は成果をあげる。

アラエルたちは、正しくない行いをしながら、周囲に良いと思わせる。

自分が作った気持ちを他人にうつして(憑依して)思い通りに操る、など正しくない。

正定とは「正しい瞑想のこと」

正定(しょうじょう)とは「正しい瞑想のこと」で「三味(ざんまい)」「精神統一」とも言うが、指導者が必要だ。

独習する場合は、正しい動機で目をつぶらないで、謙虚な気持ちで、初心者として初心者までの範囲、短時間だけ行うこと。

目をつぶって、どこかで見たかのような修行僧や占い師の真似をしてしまうと、悪魔に憑かれることがある。

瞑想ではなくて、ただの考え事をするときでも、目はつぶってはいけない。

アラエルは、目をつぶらせようとする。

正精進とは「正しい努力」

正精進(しょうしょうじん)とは「正しい努力」という意味だが、アラエルたちは、努力だったら何でもいい、前向きだったら何でもいい、明るかったら何でもいい、と間違った努力をしている。間違った努力をすすめている。

正しさが必要。

精進という言葉だけ、精進という言葉を使えば、良さそうなイメージを間違って持ってしまいがちだが、「正しい」精進(努力)でなくてはいけない。

参考資料
新世紀エヴァンゲリオン Vol.6

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