自分を知ることで回避できる。

私たちはこうしなければならない、とその「私たち」の「たち」(複数形)の実体は印象としては、透明なのです。わからないように見えないようにしながら、数や広がりがある「透明な群れ」のように思わせながら近づいてきます。

自ら名乗ったりもしますが、それは最初だけです。意図的に、少しずつ分からなくして、ごまかして、自分たちの考えで支配しようとしてきますので、こんな人たちには注意が必要です。

このように自分の心を見定めることは必要です

何かにつけて意味なく「教えて」、いつの間にか人を操作しようとしている手合いのことです。

たとえば、覚醒剤、「かっぱえびせん」のように、やめられないとまらない、のように。

気持ちが「出来上がった」状態になるように、意図的に、そうなるまで仕込んで、それから自分たちで、制止したり、やめるように諭すのです。

「とめても無駄だ」の状態になるのを見計らって、止めに来ます。

責任転嫁のために、止めてみせるのです。

その人たちの特徴です。

  • 常識はずれ(驚くことをする)←なぜか良いと思わせる
  • 芸を見せる(面白いことをする、言う)←面白いやつだ、いいやつだ、となぜか守ってあげたくなる。
  • 「かわいそうな私」を演じる(守ってと。)←まあ、その時は仕方がないかという気持ちになる。
  • 友人になろう(時々、脅す。何でもかんでも勝ち負けにして勝ってみせる。)←突然、そんなことを言う。なぜか、少し不安な気持ちになる。
  • 私はワルだということを間接的に言う(「こういう奴はワルだ」とそういうことをしてみせる)←例えば、「俺には悪魔の尻尾が生えているからね」と言う。
  • 自分たちの「会」の名前は言わない。
  • どんな嫌なことをされても、完全にその人の事を嫌いになってはいけない、真に人を嫌いになってはいけない、と「自分たちが付け入る隙」を作るために意図的に言う。

上記が自分達はそうしなければならないと、人と人とを分断、争い、嫉妬することを法で裁けない通り魔かスナイパーのように行っている手合いの特徴のいくつかです。

日本を5・15事件から2・26事件へと進ませた血気盛んな気概を作ったある宗派の一派です。つまり、日本を軍国主義にして、第二次世界大戦に進ませた。その一派の行いは、現在も変わっていません。

和歌を一句

大げさな
やめろやめろも
行けのうち
建前やめて
本音はすすめ

その手合いは、自分が属する違うカテゴリーの名前(象徴)を繰り返し言う特徴があります。
自分が、そのような手合いだということをわからなくするためと、違うカテゴリーをバックにして、依存して、責任転嫁するためです。(虎の威を借る狐)

底なし沼のように人を軽く見ている。思い上がっているともよく言われています。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする