明るく楽で白っぽい雰囲気は、危険な原発の光(チョウチンアンコウ)

ある人が通りかかるのが分かったり、ある人が近づいているのがわかったり、この人と関わると必ずと言っていいほど、こういう気持ちになる、このようなことが起こるなどありませんか?

相手の気持ちがわかる時はありますよね。相手の気持ちが自分にうつってしまったりしているのが、分かることも珍しくないですよね。

目に見えるようなことでは証明できなくとも、いつもよく見せるような仕草や表情からだけではなくて、家族や友人、知人が今さっきまで、誰といたか、どのような気持ちを持たれたか、受けたか、その誰かの「気持ちが自分に入ってしまって」わかる時ありますよね。

表情や動きや言葉からではなしに、この人が、どう思われているのか。どう思われたのか。そう思った人の気持ちが自分に入って、分かることありますよね。

そのように「気持ち、思い」を相手にうつして、相手を思い通りに動かす。

このようなことをしている手合いには、警戒しなくてはなりません。

警戒していても、もしくは、自分は大丈夫と自信を持っていても、いつのまにかやられていることがあります。

そんな手合いの行う最も厄介な手法のひとつが、間接的であるということ。

ターゲットに近づくためには、まず誰かに自分を宣伝してもらって、評判を良さそうにしてから近づきます。

つまり、ターゲットに自分を推薦させて、それからターゲットに近づきます。

一言で言えば、自作自演です。人を使った自作自演です。

この手法を繰り返すことも珍しくありません。

釈迦の教え、美辞麗句など並べることも少なくありませんが、その手合いが見習っているのは、広める手法です。

それに、なんでも極端にします。
陰極まって陽になるという言葉があります。平和、穏やか、友好、慈愛など好ましいものを反対にしたいのでしょう。

「平和」につながる事象を見るたびに、「平和にしてはいけない!」「反対だ!」と気持ちを新たにする。

人の心や共同体、組織、国が平和であれば、勢力拡大できない。
平和な世界では、人はそれほど困らないので、相談に乗ってお金儲けをしたり、自分の部下のようにすることができない。

つまり、平和だと成果が上がらない。

平和にする気など全くなく、ひたすら争いと悩みの種まきをして、アケビが育つように木に巻き付いています。(虎の威を借り、虎までも騙して陥れる狐)

和歌を一句

わがままな
我の心は大切で
他人の心
無くして笑う

自分の思いを「うつして」相手を思い通りに「思考、思わせ」動かす、心ない手合いの所業

他人の気持ち、こころ、感情を汚れに例えて、洗って、自分の思いで動かそうとしている手合い。

人をこのようにすればいいと思うのは、ヒトラーが、ポーランド人、ロシア人、ユダヤ人に対して向けた、また部下や国民を、そのような気持ちさせたことに似ています。

このような手合いの思い通りにならないために、必要なのは、自分を知っておくこと。

理由のない感情、思考、意識などは、他人の想念。
自分で意識しないのに、思わないのに、思いたくないこと、考えが入ったなどは、無意識に入ってきた異常意識(他人の想念)。

学校、職場で関わったり、近所に住んでいる生きている人の想念である場合か多いのです。

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