死刑制度廃止は実現しやすい

嘘つきは泥棒の始まりと言うが、死刑は戦争の始まりだ。
やられたからやり返す、国の制度によって人を殺す命令をだして、褒め称え、安心する。

死刑制度は、戦争の一部分にしか過ぎないような気がする。

お盆

基本的には私は死刑制度にも反対です。死刑にしたいという気持ちはわかります。けれど、神ではない限り、人を裁くことはできません。それよりも終身刑にして、一生かけて、その人に自分の罪について考えてもらうほうがいいと思います。
江原啓之(著)「幸運を引きよせるスピリチュアルブック」

犯罪被害に遭われたご遺族の方々などの気持ちも痛いほどわかります。愛する家族を失うことは、想像を絶する苦しみであることも理解できます。しかし、私は、死刑という裁き方ではなく、もっと重い刑、つまり本当の意味での終身刑を採用することが最善なのではないかと感じるのです。
江原啓之(著)「ニッポンを視る!」

殺人鬼として全国民を敵に回して、憎まれて死んでいった殺人者の霊は、この世の人間を憎んでいるわけですよ。「みんな俺ばっかり悪者にした」「みんな俺が悪いのか?俺は社会の被害者なのに」って。すると、同じように世の中を恨んでいる人に憑依して、また殺人を起こしたりすることもあるんです 。
江原啓之(著)(聞き手)丸山あかね「江原啓之への質問状」

事件が大きな悲しみを伴うものであればあるほど、犯人に対しては極刑、つまり死刑を望む声が遺族の方々を含めて多くなります。しかし、私は死刑に反対の立場をとっています。

死刑を廃止する代わりに、終身刑を設けるべきだと考えています。なぜなら死刑となった人のたましいは未浄化霊となって、同じようなたましいを持つ人に憑依し、似たような事件を起こさせることがあるからなのです。
江原啓之(著)「日本のオーラ」

死刑をするべきではない。先にわしは、人はいたずらに延命をしたところで、まことの幸せにはならぬ、といった。死ぬたましいを解放してやれぬわけだから。また逆に、人が人の寿命を縮める権利もない。ゆえ、死刑はいわば殺人じゃ。殺人を犯した者を殺人してよいという掟はない。
江原啓之(著)「スピリチュアルメッセージ2 死することの真理」

私は死刑には反対です。死をもってあがなえ、というのは結局「仕返し論」だからです。私が本当に必要だと思うのは終身刑。生きている限り、最後の瞬間まで罪を反省し、償う生き方を知る。このことが大事なのです。

実際、死刑と終身刑ではどちらが大変かと言ったら、終身刑のほうが地獄でしょう。
江原啓之(著)「スピリチュアリズムを語る」

こんな夢を見た。

ある狭い部屋の中に、私を含めて数人の男女がいる。一人の男だけが銃を持っている。そして、その銃を持った男以外の数人の男女は、その男の判断で、いつか銃に撃たれることが法で決まった。
銃をいつでも撃って良いという許可を得ている男は、時々、銃口を向けて見せて脅かす。
狭い部屋の中で至近距離で真っ黒な銃を向けられると、とんでもない恐怖がある。
死刑制度反対についての記事を書いている私ではあるが、一度銃口を向けられてからは、今度向けられたら、こらえ切れるはずがないので、今度銃口向けた時に銃を奪って反対に撃ってやると真剣に思っていた。

起きてから、いつ死刑が執行されるか分からない死刑囚は、もしかすると、こんな気持ちなのかと考えてみた。

さて、死刑制度がなぜ日本で廃止されないのかといえば、それは国民の多くが死刑制度に対して賛成しているからなのです。この事だけを考えても社会問題となっている貧困、エネルギー、環境、経済の仕組み、いじめ問題などより変えやすいのではないでしょうか。世界各国との連携やしがらみなしに日本人だけの意識で、死刑制度は廃止できるはずなのです。(戦争で武器会社がうるおっていて、銃社会のアメリカなどが反対するかもしれませんが)
そして、なぜ国民の多くが死刑制度に対して賛成しているのかといえば、それは世界各国の状況を知らないからとも言えます。
世界の国々では死刑制度がある国というのは半分に満たないということ。先進国と呼ばれている国で死刑制度があるのは、日本とアメリカだけであるということ。
そこを発端にして、想像してみると、なぜ日本に死刑制度があるのかということについて疑問がわくと思います。

死刑制度反対のために何ができるのかと考えてみました。
死刑制度はないほうがいいということについて知ること。たくさんの人がそのことを知れば知るほど死刑制度に疑問がわくはずです。
死刑制度廃止の公約を掲げる政治家に一票を投じるなどです。

参考文献

「幸運を引きよせるスピリチュアルブック」
「ニッポンを視る!」
江原啓之(著)(聞き手)丸山あかね「江原啓之への質問状」
「日本のオーラ」
「スピリチュアルメッセージ2 死することの真理」
「スピリチュアリズムを語る」