自分達にとって都合の良い「思い」をうつすことに対処する

映画「ナチュラル・ボーン・キラーズ」の2人組に例えられる手合いたちは、「思い」と「言葉」という弾丸で人の良心、正常な愛念、真善美を撃っている。
映画「レザボア・ドッグス」のブロンドのような気持で、監禁した警官に行ったようなことを、他人の心に行いながら日々過ごしている。

おかしい写真

自分たちで「この人たちだけは違う」と自分達が行っていることをしていないという「思い」をうつす。

単純だが、柔術などで首を腕で締められたら、締めている腕を単純に手ではがそうとすれば良いというに似ていてる。

悪魔(邪霊集団の憑依のもとにある手合い達)らしいエスケープの技術である。

また、信者と会を強力に結びつけているようなニカワか展着剤(農薬と作物をくっつける)のような新聞が入会しなくとも購読する契約をすると毎朝届く。

手合いの機関誌の1つである新聞を展着剤新聞と呼ぶことにする。事情通の間では、恐怖新聞とも呼ばれていたりする。この新聞があると、思いついた言いたいことを言って諍い、喧嘩が起きるとも言われている。

この新聞だけは大丈夫というウソ

「心がなくなって、何でも言うことを聞いてしまうとか。いいように操られるとか。生まれてから今までの思い出や自分の価値観、自尊心など、自分がなくなってしまうとか。おかしくなるんじゃないの?こんなの取っていて大丈夫なの?」という一般的な疑問に対して、「何ともない。これは大丈夫」という「思い」を手合い発行の新聞を取っている人、新聞を見かけた人にうつしている。

透明に近いブルーで表面は滑らかで硬いガラスのように「雰囲気として」見せている場合が多い。つまり自分たちで念じて思い、自分たちで念じた思いを周囲の人たちにも同じように思わせている。
思わせながら、霊的な思いでつくった「何となく見える、思う」を見せながら、これがないと駄目で、これは明るく楽しくて温かいもので、これがあれば大丈夫、抱きしめたくなることさえあるような思い、思考をうつしている。

「あいつら(手合い、当サイトではダイバダッタに例えている)は嘘だ。」とよく言われている。
そして、美辞麗句、良いこと言っているが、良い行いを見せている部分もあるが、絶対に心まで善く美しくなってはいけない、と徹底して確実に言い聞かせている。

笑顔やほがらかさ、話しかけやすそうに誘いながら等

オープンそうに、気の置けない人のような素振りと、そのように思わせる「思い、思考」をうつしながら、「この人だけはいい人だ」「ちょっと変なこと言ったり、変なことしたり、怖いこと言ったり、怖いことしたり、はっきりとわかりやすく模範的そうな言動を見せながらも悪い部分もあるが良い雰囲気の人だ。心が軽くて楽で穏やかに明るくなる。」というような錯覚を覚えさせて、自分たちのことを肯定させ、自分達と仲良くさせながら不幸にすることを世界中に広めている。
良さそうに思わせて、世界中が不幸で汚い争い、差別、人と人とが見えない壁を作って距離をおいて、少しずつ対立の形に持って行き、互いの思惑など分からないと思い込ませながら、どこか謙虚で慎み深く相手を尊敬しているように見せかけて、実は対立と差別を促し、命令する側が何でも楽にいいようにできるようにしている。

対処法

最も単純で良い方法は「自分の思いではない、他者の思い(手合いにとって都合の良い思い)が入っただけ」とハッキリと認識することだ。

参考:映画「ナチュラル・ボーン・キラーズ
映画「レザボア・ドッグス」

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