騙されたくない。知ること。

騙されたくないのは誰でもそうである。騙されないようにするには、色々なことを知らなければならない。

見た目だけでいいというのは嘘だ。 目にしっかりと映るものではない、映像にもほとんど映らない雰囲気に騙されてはいけない。

騙す人間は本気である。本気で騙すには気持ちを強く持って言い張る。理路整然と論理をする場合もある。
最初に言い張る「結論」があって、それに理屈や思い付きの言葉や理由を付けると言う場合もあるだろう。
詐欺師は嘘がバレると収入にならない。物を得ることができない。捕まってしまう。信用を失う。

あなたの今の心境は、自分の気持ちなのだろうか、他人の気持ちなのだろうか。

ある事象、物事に関する考え方、ある時はこういうふうに思っていたが、ちょっと時間がたって考えると、違っていた。

あの時の根拠のない想いは何だったのであろう。今の想いは根拠がある。
漠然とした、こういう時はこういう風でなければいけない。この時はこうだと言う、ただの念のような思い。

ただの他人の作った気持ちである場合がある。これほどはっきりとした思いであるならば、故意に用意した思いだろう。この思いを用意した相手は、このように思わせることによって、次第に何らかの物質的な得をするはずである。(心が得をするのであれば、こんなことはしない。)

心はうつろでありながら、見た目はよろしいような物がたくさん手に入る。そんなやり方だ。

食べ物は、うどんでも蕎麦でもラーメンでもパンでもいい。

なんでもかんでもすぐに人に聞けばいいというのは間違っている。

答えてくれるのは、そんな時やたらと目に付く、目立つようでいて、声がかけやすく話しやすそうで話がわかりそうな、そんな近所の人や学校や職場の顔見知りではない。

全自動洗濯機、炊飯ジャー、冷蔵庫、テレビ ・・・・・・少し余裕があれば、いや、そんなに余裕はなくとも、少し前までは、今で言う家政婦さんがいたようです。そして書生も一人くらい家で生活させていたようです。書生とは今で言う学生です。

奉仕と言う気持ちや世間体もありましょう。

昔は今より人と人とのコミュニケーションが多かったのです。
現在はコミュニケーションの機会が少なくなっています。他人やコミュニティのなかでコミュニケーションをとりたくとも、そのコミュニティや一種の集団のようなもの性質が自分に合わない場合は、腹6分の付き合いで距離をおければ良いのですが、そうともいかない場合は、入ってはいけないのは言うまでもありません。なんでもかんでも、というわけにはいかないのは何事においてもそうでしょう。
そのような付き合いもできない場合は多々あります。そのことは職場や学校のいじめという形でわかりやすく出ています。手を尽くして何とかなれば良いのですが、抜け出さないことには自殺に追い込まれることもあります。

このことはニュースなどでも、よくわかることでしょう。 報道されることは全国のほんの一部です。全世界で考えれば、もっともっと多いのです。
テレビに出演している人や報道される人は、別世界の人間ではないのです。それらの人たちとよく接する機会や、また東京などに住んでいるとわかることと思いますが、耳にタコができるような話ではありますが、皆、普通の人なんです。

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