京都の寺で参拝させない。責任転嫁する。こもらせたいオーバ

オーバは、あなたにとって印象深いような人になりすますことがよくある。あなたの脳に直接見せる。いわゆるあなたの霊眼に見せるのだ。
霊視という言葉や方法が有名だが、オーバの人のふりの場合、霊視したくなくとも霊視して見ているように、無意識のあなたに見せるのだ。

ちょうど映画「ジャッキー・チェンの飛龍神拳」のチュー・ウーになりすましていた旅籠の婆さんのように。

映画「ジャッキー・チェンの飛龍神拳」では、山の盗賊の頭は病人のふりをして、自分が元にいた玉座まで、武術の達人のディン達を騙して運ばせた。
玉座にいたのは盗賊の頭の元恋人(旅籠の婆さん)だ。頭に化けていた。

近所のオーバの頭目を旅籠の婆さんと呼ぶこともする。

盗賊の頭の名前は、チュー・ウー。ねずみ年にふさわしい名前だ。当ブログの記事に書いた盗賊ダイバモドキに似ている。
チュー・ウーは白髪と白ひげだ。
ダイバモドキは、仙場十四郎1)「座頭市千両首」に登場するサイコパス。後で1人でじっくり痛めつけ傷つけるのが趣味である悪党であり、チュー・ウーだ。

自分たちは何をしてもいいのだ、と異常な考えと支配したがる気持ち、強欲物質主義的価値観の農業、地場産業の悪魔。ダイバ達のそそのかしや命令、憑依や出来心ではない悪行。東日本大震災後も変わらない「善いの反対が良いのだ」とする思いを疑わない危険な天狗

チュー・ウーは、ディン達を仕掛けを作っておいた建物内に閉じ込めるのが得意だ。

引きこもりが社会問題とされているが、実はオーバ達(マーラ達)は気持ち(心、精神)が引きこもっているどころか、閉じこもっているのだ。
だから仲間を増やすべく、ターゲットを閉じ込めたがるのだ。自分たちの心が閉じこもっている状態だから、他人をも閉じこもらせたいのだ。

私がある大学に通っている頃、大学に通っている先で一人暮らしをしているにも関わらず、友人がいて毎日外に出ているにもかかわらず、バイト、趣味、学校、買い物しているにもかかわらず、なぜか私が実家の部屋に閉じこもって引きこもっているというウワサ、デマをオーバたちに広げられていた。

ベッドでPC見ている女子

私が実家の部屋にいると想定して、実は私がいない実家の部屋に向かって、オーバたち何人かがよく何か叫んでいたらしい。

とてつもなくガラが悪く、気味が悪く、気色悪いことだ。人が少ない地域で人の見えないところで、悪が進行、野放しになっていると言うケースだ。多くの善良な人達がオーバ達の行いを知っても、酷すぎて現実感がなくなっていたり、近所付き合いがあるだの、大ごとにしたくない、仕返しが怖い、関わりたくない等の理由から放置されがちであろう。警察も動きにくい。悲惨なことだ。

悪は人混みに紛れていることが多いから、都会や人口の多いところでは悪が目立ちにくく隠れやすいから、悪が育ちやすい。また、悪想念を抱いて生きている人の数も多い。
人が少ないところでは、悪は人目につかないところで人に知られることが少ないから、悪が進行してしまっているという現実がある。

仏教用語で顛倒(てんどう)と呼ばれる正常な愛念、真善美、思いやり、人間にある普遍的な感情、理性などを「逆さま」が良いとする悪の根源。

人が少ない地域では、真剣に心底、生まれつき、「逆さま」がいいという者達が、地場産業、農業、ライフラインに手段を選ばず従事して、繁栄していたりもするのだ。

マーラいわく(悪魔が憑依している人が言った)

何でも「反対にする」のが最も残酷だ。だから、そうする。そうなってもらう。そうなる。

ディンたちが、羅漢像がたくさん並び、「佛(仏)」と大きく書いてある部屋に閉じ込められる場面があった。

閉じ込められる

オーバたちの特徴として、視野を狭くする、狭い世界に生きさせる、というのがある。

囲い込みも同じだ。

「皆そうだ、○○では皆そうだ」などと自分たちにとって都合のいいこと、思いついたことを「お前は何も知らない、世間では皆そうだ。」と教える。

実際には、そんなわけないのだ。そんなことしているオーバが知らないのだ。

さて羅漢像がたくさん並ぶ部屋で、羅漢像が手に持っているのは、よく見ないと法具に間違えてしまいそうだが、法具ではなく武具だった。

つまり仏教で人の心を真に穏やかにするための法具ではなく、傷つけ、争い、力で支配するための武器だった。

羅漢像に見えるように、法具を持って見えるようにしていた武器を持った盗賊の僧の集団。
持っていた武器で、ディン達に襲いかかる。

武術の達人のディン達は、山の盗賊の僧たちを見事にやっつけるが、僧達は全員、部屋から出ていく。部屋の中に鐘の音を大きく何度も響かせて、閉じ込められたディン達は苦しめられる。

鐘の音は、オーバたちの大得意な金の音(金持ってるという話)とする見方もいいなと思った。

盗賊の僧たちの言葉、行動、思いは、「仏法」ではなくて、無慈悲な支配のための「兵法」なのだ。

オーバたちは、漫画「三国志」を読破していることが多い。

私も実際にすすめられた。私は読んでいない。私はすすめない。

私に「三国志」をすすめた私の子分のようについていたアドコックス(オーバ)は、高校生の頃の修学旅行の時、京都で寺を見学しないように私に何度も何度も言っていた。
おもしろおかしく、優しく、腰低く、何度も言っていた。更に私に様々な働きかけがあったに違いないが、アドコックスは「親から○○に寺を見学させないように」と言われたとも言っていた。

私は、京都でお寺を見学すると大変なことになる、という内容のことを様々な角度から様々な言い方、おどし方で誰かに言われていた。
私は怖いわけではなかったが、(囲い込まれていたから、現実感がなくなってしまうことや、聞き流してはいけない悲惨な脅し文句などを、今となればよく聞き流していた記憶がよみがえる。)何やら京都のお寺を見学する気になれなくなって、見学しないことにした。

理由の1つにあったのが、京都を見学する修学旅行生というより、京都に住む人として、京都に滞在した方が良いのではないかと誰かが言ったからだ。そして京都に住んでいる高校生として、普通に服を買って修学旅行の京都滞在を過ごした。

アドコックスよ。京都までの旅費と宿泊費、滞在費など返してもらうぞ。高校、大学の学費、家賃もだ。

鐘の音は、「金あるぞ!」「世の中、金だ!」とうるさく何度もあの手この手で、繰り返すオーバ達のようだ。オーバ達の手法や動機がわからないと、ディンたちのようになってしまうだろう。

山の盗賊の1人が言った。ディン達の一行を指して「男は自分達の下で、力仕事をさせる」と。まるで笠松のようだ。

オーバ達は見せたい、思い知らせたい欲求がでる。悪魔化した者と低級霊化した者、どちらもサイコパスな大庭葉蔵。「たとえ」と受けの良さから芸術としていること。オーバ達への対策、対処法。オーバ達は、あなたの家族、友人を使って仲良くなろうとしてくる。

参考
座頭市千両首 [ 勝新太郎 ]
シャーロック・ホームズの冒険 改版 (新潮文庫) [ コナン・ドイル ]
ジャッキー・チェンの飛龍神拳 <日本語吹替収録版>

脚注   [ + ]

1. 「座頭市千両首」に登場するサイコパス。後で1人でじっくり痛めつけ傷つけるのが趣味である悪党

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