無にはならない。単なる風習、儀式、遺族の慰め?

神社(神道)、お寺(仏教)では、どちらも約半分の各お寺や神社の責任者のような人たちは、死後存続、霊的世界、人は亡くなったら魂だけの存在になるという事実を信じていないそうです。

死んだら無になるという間違った考えを持っているそうです。


そのような考えが新宗教に走らせるのではないかと言うことが言われています。

霊的な世界はあるのにないと言っている宗教だから霊的世界はあるという新宗教に取られてしまうのです。

仏教でも神道でも同じ宗派でも修業を積んだ方々には、位にかかわらず、さまざまな人たちがいます。
死後相続、霊の世界はあるという人と、ないという人。

ないという人は、霊的世界について学ぶべきでしょう。

葬式などに集まった人を慰めるための単なる儀式や形式、習わしであるなら、やらなくても良いのではないでしょうか。費用と労力と時間をかけてまで。

せっかく地盤があるのですから、物だけの世の中というのを広めるのではなくて、物ではなくて心に価値をおく世の中になるように氏子や檀家の方に教え広めていただきたいものです。

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