自分免許の天狗に平等の思想はあるのか

春になると、唐傘に毒の吹き矢を仕込んでいるジコ坊のような自分免許の天狗が活躍します。

唐傘のイメージに写真を使わせていただいております

傘は、自分が属するカテゴリーです。いざとなったら広げます。吹き矢に入っている針のような矢は、自分免許のウソやあり得ない言葉。 毒矢に塗られている毒とは、相手の心に入れる悪想念(自分がこう言うと、相手はこう思いこむ等)。

たとえば、今、この相手にこのように言われるまで、このような言葉を言われたら自分やほとんど多くの人たちが、このような感情になるはずだというのがあったのでしょうが、毒が回るとそうではなくなります。自分の感情ではないのです。毒矢を打った人間が考えた感情(毒)が入って、まわってしまうのです。

これまで生きてきての経験と感動の上にあるあなたの人格、瞬間瞬間の想念に、自分免許の天狗は、自ら作った「わからない」という思い、この状況では絶対にあり得ない「弱り」、「怒り」などの悪想念を計算して、あなたに入れてしまう。

あなたの体に毒がまわってしまう。あなた自身の心が殺されて、毒がまわった心になってしまうというわけです。

また、自分免許の天狗は、たたり神を作っています。恨み、怒り、憤り、不満、争う気持ち、相手を疑う心、何も考えず成果をあげようとする、手段を選ばず勝とうとする気持ち、楽がいいなど。
あまりにも楽をしたい気持ちがあると、楽でないことに対して、怒り、苛立ちやすくなります。

自分免許の天狗は必ず「何も分からない」という強い思いをあなたに入れます。
傘に仕込んである吹き矢から毒矢(毒針)を吹きます。

それに、あっち向いてホイに例えることができますが、同じものを見ていると、あまり関係のないような背景などに意識を向けさせます。
あなたが心を向けている対象、考えている物事を自分免許の天狗は、すり替えて、別の何かを教えてきます。

あなたに、あり得ないことをあり得ると思い込ませたいがために、なかなかできないこと、こういうところではしないこと、こんな風には言わないこと、悲惨なこと、思えないこと、言えないことなどをしてみせます。
あり得ないことをあると思わせたいがためです。また、「あなたはできない。私はできる。できる人は尊敬されるはずだ。」とあなたを自分に憧れさせようとしてきます。そんなことできても尊敬することはありません。悪事は尊敬しないものです。

そして、これからしばらく会わないとなると、ソクラテスとプラトンの関係を持ち出して、あなたをおだてながら「私は知らない」「あなたは知っている」と去ろうとします。

「私は、自分が知らないことがあるということを知っている。あなたは、自分が知らないということも知らない。愚かな人だ。」というつもりなのです。

くれぐれも自分を知って、このようなことをする手合いには、十分に気をつけてください。手合いは、自分の団(会)の名前は、めったに言いません。

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