人を互いに相争わせ滅亡の方向に進ませるのが、悪魔の言う「神聖」。

とてもよく真実を表現している作品。

映画「オーメン」は、ホラー・オカルト・ミステリー・サスペンスで、怖がらせるだけの見ない方がいい映画でしょ、と敬遠したり見ないようにしていた。

というのが、これまで見なかった理由のように思えたが、それは理由の1つだった。
実はあの手合いに、20年以上前に、オーメンは見れない、というどす黒い想念を入れられていた。
当時の友人の一人(手合いではないと思う)は、怖い、面白い、残酷な場面が少ないから芸術性のある映画作品(真実をよく表現している良い映画)として見れる、と私にすすめてくれた記憶がある。

天使に見える悪魔というイメージ

手合いは、それを私に「見れない(キミは見てはいけない)」と。
手合いの得意な、自分で作った決まりで相手を型にはめようとする手法の1つに「ルールは守らなければいけない」というのがある。
子供たちが何かをして遊ぶ時に、スポーツのハンディキャップ、一般的な遊びのルールでは地方ルールがある場合などと錯覚させながら、自分に何でも従わせるために、おもしろおかしく、時に嫌なことを言って(実は脅している)、反対のことを言ったりずれていることを言ったりしながら(手合いの内心は、ドグマ(戒律)のつもりであり、命令であり、最高権力者の決めたことなのだが、そういうふうには言わない。)、模範的なことを言っているかのような表情と態度で「ルールは守らなければいけない」と何度も言う。

場所、時、ところを構わず何度も同じ言葉を繰り返して人に言っているという時点で、もうおかしいのだ。人ではない。

さて、「オーメン」は、とても芸術性のある作品でグレゴリーペックが出演している。

映画「オーメン」は、リチャード・ドナー監督の1976年の作品。反キリスト者が子供だったらという想像から生まれた。脚本は3カ月以上かけて調査してから書かれた。

想像上の悪魔の姿をしたものは登場しない。動物や人に憑依しているような、言葉と行動と思いの悪魔である。映画のストーリーでは、人や動物の姿をした悪魔ということになっている。

悪魔は目に見えないような集団であって、ダミアンを助けたり守るために人や動物の姿で、近くにいる。
あの手合いのように、人混みに紛れるように、どんな所にもいるように。

ダミアンを見ると、おとなしい動物の群れは逃げていく。攻撃的な動物の群れは、怯え、威嚇、攻撃をする。

青白い子供と家政婦と犬を描いた絵画が堂々と家の中にかけてある。この家を乗っ取ろうとしているダミアン、家政婦、犬の悪魔たちをモデルにしたもの。家政婦がかけたのだろう。

予知するような心霊写真。エクソシスト、考古学者。

悪魔は、神聖ローマを興すのが目的だ。悪魔の言う「神聖ローマ」とは、人を互いに相争わせ人類を滅亡へ導く世界。

悪魔は、富と力で偽の国を作ろうとしている。

そのために悪魔は政治の世界に入る。

こうすればこうなると、予知能力を見せる悪魔。

聖なるものには必ず悪がつく。

悪魔は純粋な魂(人格、心、霊性)を狙う。そうしないと自分たちが困るから。


オーメン [ グレゴリー・ペック ]

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする