ゆっくりとはびこって進行していく

悪は、ゆっくりとはびこって進行していく

彼らの団体としての歴史は、文明開化の明治あたりから始まったようです。東京などに上京して、孤独になりがちな人などに声をかけて入信させていたとか。

考えてみると、その場にそぐわないような、常識はずれなことをやってみせたりします。その行為を周囲の人たちはと思うかと言うと、気が利く、君は正しい、いいことだ、なかなかできることではない、などと感心してしまうのです。

よく考えてみると、この場でこういうような言動はすべきではないのです。だから少し驚きます。驚きますが、いいのか悪いのか、実際は悪いのです。ですが、良いと思わせるんです。思いをうつしています。1理でもあったら全肯定させるというような思いです。

いじめ、仲間はずれ、という行為を積極的に行い、煽って、根回しをする。
そして、ひとりぼっちになったような人に声をかける。または、自分がいじめられたり、仲間はずれになる役割を演じて、そのような役割を演じている自分に声をかけてくれた人を入信させようとする。
嫉妬心による相手への攻撃、相手を思い通りに操って見せるなど見せしめなどもあるようです。とても極悪です。

いじめ、仲間はずれは自殺につながりますし、孤独にも繋がります。また、いじめ、仲間はずれのような行為は、引きこもりなどを作っているに違いありません。いじめがエスカレートすると命(心)を守るために引くしかない場合も多いでしょう。

自分たちの団体(宗教?)が世界中の全員が入信するまで、このようなことは、やめないと言っているようです。

物質主義的な価値観

物は生きていく上で必要です。自分の体も含めて大切にしなければなりません。物を手に入れるために、お金を稼がなければいけませんので、どうしても物やお金を欲する気持ちは誰にでもあるはずです。

物質主義的な価値を心(精神)より重きに置いている人というのは、一見垢抜けていて、シンプルで明るくて綺麗といった側面を持っているようですが、実際は小我(わがまま)で、自分の気持ち、心を可愛がり自分が大事という気持ちが強くて、嫉妬深くて、そして嘘をついて騙したままというようなことも少なくありません。

彼らは、宗教団体という名前を持ちながら、この物質主義的価値観をさらにエスカレートさせた思想なのです。

物質主義的な価値観から心を大切にする価値観に変えていくこと

肩書、地位、物やお金など目に見える物質的なものに価値を置くよりも、人の心、感情、感動、その人にとっての経験、慈愛、知恵(知識を生かして養って教養に)など、そちらに重きを置くような心持ち、ベクトル、角度、行動をしていると彼らとの距離は少しずつですが、広まっていくでしょう。

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